大阪北部地震
2018年6月18日 午前8時前(7時58分頃)
早いことに、ちょうど2ヶ月が経ちました。
自分の部屋で ちょうど起きて、寝転んでスマホを触ってるときに、
ゆらっと来て、
家族に地震や!!って言った瞬間、
縦揺れがドーン!!っと来て、
上に積んであった荷物や ぬいぐるみが降ってきて、
軽く当たり、イテー!(>_<)と言いながら、
横にもゆらゆら。
緊急地震速報は?って思ったら、揺れてる最中に鳴った。
思わず、
遅いわ!今 来てるやん!
っとツッコミを入れずにはいられなかった(笑)
住んでいる地域のライフラインは瞬断したが、すぐに復旧したので良かったです。
水道は止まらず、濁りもなく、
電気はブレーカーを上げたら復帰し、
自治会の人がガスの復帰の仕方を教えて回っていました。
しかし、かつてのトラウマから、
手の震えがなかなか止まらなかったです。
幼少期に阪神淡路大震災を経験し、被災したトラウマ、、
しかも、
地震の二日前に近親の葬儀が終わったところで、悲しみと疲れが押し寄せてる中での出来事だっただけに、追い打ちをかけられた気分で、
阪神淡路大震災でも被災して、またかよ!っと、
ほんまに色んな感情が出る震災を味わいました。
まさかそのあとに広島でも被災(豪雨災害)するとは夢にまでも思わなかったですがね、、、
当日は、
テレビはどの局も震災情報
各鉄道会社は軒並み運転見合せ
阪急 茨木市駅
駅構内の電光掲示板落ちたところです。
幹線道路はいつも以上にだだ混みでした。
救援車両や、物資輸送のトラックでいっぱいです。
また月曜日で朝8時ということもあり、出勤時間帯でもあったので、
車、バイク、自転車、歩行者、、わんさかいます、、(。´Д⊂)
高槻市内の閑静な住宅地
祖母宅がこの辺なので様子を見に来たのですが、
この辺は被害が多く、
ブロック塀が倒れて少女が亡くなった付近でもあります。
京阪 枚方市駅
感謝、感謝です。
本地震から一週間は余震が続き、
安眠できない日々が続きました。
阪神淡路大震災を経験してる大阪周辺の人達はいたって冷静に対応していて、
地域にもよるとは思いますが、スーパー等で買い占めで、物が無くなることはほぼなかったように思います。
唯一、水だけは品薄でしたが、物流が止まることはなかったです。
大きな震災を経験してるか、してないかで大きく違うように思いました。
分かりやすいところで言えば、
大都市なのに死傷者数は、幸いにも極めて少ない。
過去の経験があるから、備えをしてる人が多くいたから、人的被害が少なかったのではないでしょうか。
しかしながら、2ヶ月経った今でも被害の大きかった高槻周辺は、屋根にブルーシートがかかった建物はまだまだあります。
ここからは愚痴なんですが(笑)
都市型地震については、関西人の方がよくわかってますから。
と、言っても、
関東方面からの声で、
我々は大震災を経験してるから、そのノウハウをフィードバックしてあげよう みたいなもの言いに、少しばかり苛立ちを感じました。
そもそも関東は関西をバカにするような発言等が、テレビやインターネット、動画サイトでちらほら見られます。
バブル以降、関西が低迷し、関東が経済で伸び発展し経済格差ができ、経済を持ち直した関東はそんなにも偉いんですか?と。
と、まぁ言いたいこととは 別方向へ行きそうなので元に戻します。
なにも喧嘩したいわけじゃないんです!
日本が一つになって、要らぬプライドを持ち込まず、助け合えばいいんです!
とりあえず今回の地震でわかったのは、
ゆえに、どうすることも出来ません!!
日頃から家の中の棚や家具等の耐震対策を行うなど、備えをしておくことが
結局のところ、それが大事だということですね。